日本通が見つけたサブカテゴリー理論

日本通が見つけたサブカテゴリー理論
 
 

ワールドマーケティングサミット東京 2019は3時休憩の後、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院 名誉教授、デービッド・アーカー氏の講演 「デジタル時代の成長プラットフォーム創出(Creating Growth Platforms in the Digital Age)」 に進みました。

ちまちましたブランド競争はムダ

「日本に来るのは40回、いや45回目かな」と始めた日本通のアーカー氏。まず、「組織には成長が重要」「なぜなら成長は、組織の成功の指標であり、従業員を力づけ鼓舞するものだから」と述べました。

続けて「成長のほぼ唯一の方法は、土俵を変えること(ゲームチェンジ)が可能な“サブカテゴリー”を持つこと」と断定。それには実質的、変革的、累積的など様々な性質のイノベーションが必要。「うちのブランドはあそこよりも良い、という競争はまず絶対に成長を生まない」と断言しました。

加えて、デジタルがすべてを変えるとし、「デジタルがサブカテゴリ―の可能性を高め、確立を加速させ、サブカテゴリ―そのものを強化する」と述べました。

サブカテゴリーは日本の新ジャンルから

アーカー氏は、電通に勤務時代、4年分のビール市場データをもとに、サブカテゴリー分析をしました。そこでの最初の事例として、1987年販売のアサヒのスーパードライが挙げられます。

当時のビール市場は、過去15年以上にわたり、キリンのラガーが60%と過半数の市場シェアを維持していました。アサヒは、ビール市場における新ジャンル(サブカテゴリー)として「ドライビール」を確立。シャープなのど越しという機能的価値に加え、若くモダンでかっこいいといった個性を伝える情緒的価値を伝えることで、1年でキリンラガーのシェアを10%奪い、続く10年間市場トップを守りました。

以来、ビール業界では、一番搾り、チューハイといったサブカテゴリーの打ち出しがイノベーションを生んでいます。そして同様の現象は、あらゆる業界で起きています。コンピューター業界では、IBMのメインフレーム、Appleのパーソナルコンピューター、Dellのダイレクト・モデルが例に挙げられました。

クルマ業界では、トヨタのプリウスが「ハイブリッドカー」というサブカテゴリーの代表例。商品が持つ”環境にやさしい“というメッセージ性が、保有者の「地球にやさしい」という個性を示す、自己表現的な新しいサブカテゴリー を作った、とアーカー氏は解説しました。

デジタルならではの魂の加速

さらには、Airbnbを筆頭に、サブカテゴリー作りを加速するストーリー作りを説明。

その共通項は、

  • 複数の階層的なストーリーを持つ
  • ブランドでなくサブカテゴリーを訴求する
  • デジタル活用によるコミュニケーションとビジネスの強化

に集約されました。

民泊(旅行者の民家宿泊)というサブカテゴリーを作ったAirbnbの場合、まず創業がストーリーになっています。2007年、高騰する家賃に苦労していたサンフランシスコの美大卒業生が2人、同居していました。彼らは、デザイン会議が開催されていた期間、参加者たちに自宅でエアマットレス3つ分のスペースを提供するウェブサイトを開きました。これによりわずか2~3週間の準備をもとに、3人で一泊80ドル、5日間で1200ドル(10万円程度)の収入を獲得。この成功をもとに、SXSW(サウスバイサウスウェスト)などのイベントに出かけていき、民泊のオンライン展開を通して巨大に成長しています。

Airbnbのこの話は、民泊を提供するホストに、起業家精神、イノベーター魂、おもてなしへの献身といった精神的支柱を与えています。これにより、ホストが提供するサービスがハイキングあれ美術館ツアーであれ、民泊ならではの個人的な宿泊体験が生まれます。そしてそれは、文化を共有するための様々なプログラム、コンファレンス、オンラインコミュニティなどのデジタル体験を通し、加熱します。Airbnbが生んでいるのは、ゲストを歓迎する態度であり人柄だとアーカー氏は述べました。

クラウドをエモーショナルに訴える

アーカー氏はこうしたストーリー活用を例に挙げながら、サブカテゴリーが成長する秘訣として、

  • なければならない(マストハブ)になる
  • サブカテゴリーの代表例になる
  • 他社の参入を妨げる

を挙げました。

そして「BtoBのコミュニケーションは往々にして難しい」と付け加えながらも、エンタープライズIT・CRM(顧客管理)分野のセールスフォース・ドットコムを例に挙げました。

1999年創業のセールスフォースドットコムの起業は、クラウドコンピューティングというサブカテゴリーを作りました。2001年のITバブル崩壊後、生き残るためにセールスフォースドットコムが展開したストーリーは、当時巨大だった既存(筆者注:オンプレミス)分野のSiebel(筆者注:Oracleが買収)をはじめとする競合の徹底した排除でした。

セールスフォース・ドットコムは、サンフランシスコ開催のSiebelのプライベートショー会場前に、“ソフトウェアは古い”と訴えるデモ隊を送り込みました。そしてその騒ぎを、記者に記事を書かせてニュースにし、ネガティブキャンペーンをはったのです。これにより、顧客にオンプレミスの盲点、クラウドの必要性を明示して、「競合を選ばない理由」を声高に伝えたのでした。

デジタルの破壊力(と地域性*)

アーカー氏は続けて、デジタル環境について解説。インターネット、スマートフォン、ストレージ、GPS、ボイスアプリケーション、アナリティクスなどの浸透は、ユーザーへの訴求力(アクセスとコミュニケーション)を刷新しています。これに伴い、新規ビジネスのコストと所要時間が、驚くまでに消滅しているのです。

だれもが知るオンラインストアの成功例はAmazonですが、新興プレイヤーにも勝機があります。髭剃りのサブスクリプションというサブカテゴリ―を作ったDollar Shave Clubは、 CEO自ら登場するひねりの効いたYouTube動画「俺らの刃はク〇すごい(DollarShaveClub.com – Our Blades Are F***ing Great)」を拡散 。瞬く間に人気を集めると同時に、安価なたった3つの品揃えで買い物を楽にして成長しました(*筆者注:Unileverが買収、日本ではTokyo Shave Clubがローカルコンテンツを展開し撤退)。

心が動く社会課題解決キャンペーン

一方で、メディアが分散する今、デジタル空間でコンテンツを届けるハードルが上がり、それをストーリーに昇華させるのも一筋縄ではいきません。

アーカー氏は、「力あるストーリーとは、周りを味方にし、納得させ、力を与え、刺激してくれるもの」「決してxx%改善といった機能を語るものではない」と説明。こうしたストーリーは、見つける、作るしかないが簡単ではない、としながら、「自ら立ち上がるような(ポップアップ)内容は特別な(シグネチャ―)ストーリーとなり、人を突き動かし、デジタル上でシェアされる」と述べました。

代表的な事例として、Unileverの抗菌せっけんLifebuoyを紹介。Lifebuoyは1894年に誕生し、世界60か国で展開する抗菌せっけんというサブカテゴリ―を作っています。

Lifebuoyはデジタル強化策として、乳幼児の死亡率が高いインド市場を始めに「子どもに5歳を迎えさせて」(Help A Child Reach)という手洗いキャンペーンを2014年に開始。子どもを悼む親心が涙を誘う LIFEBUOY TREE OF LIFE を始めとする動画シリーズを展開し、共感を呼び拡散されることで、抗菌せっけんというサブカテゴリ―を強化。Lifebuoyの成長とともに、手を洗う習慣をアジア、アフリカへと広めています。

浅い事例はストーリーにならない

アーカー氏は改めて、「BtoBで見られる、ユーザー企業がベンダーをただ称賛する、数段落のおもしろくない、浅い事例を100件ならべていても、ストーリーには決してならない」と指摘。映像、放送、報道などのプロフェッショナルの力を活用する例を挙げました。

最後に司会者からも、日本語版「『ストーリーで伝えるブランド――シグネチャーストーリーが人々を惹きつける』(デービッド・アーカー著/阿久津聡 訳、ダイヤモンド社刊)」が紹介されました。

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    <午前プログラムレビュー>

    基調講演(ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院教授、フィリップ・コトラー氏)
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    <ランチ休憩>

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    パネリスト登壇(ネスレ日本株式会社 執行役員コーポレートアフェアーズ統括部長 嘉納未來氏)
    パネルディスカッション 「CSV経営とマーケティング」(ドミニク・ハンセンズ氏、サディア・キブリア氏、嘉納未來氏、モデレーター:グロービス経営大学院教授 加治慶光氏)

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